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草オン女子部

野球っ娘紹介。

第2回 林田(旧姓・三井)由佳子さん

今から14年前、福岡県下で屈指の進学校として知られる福岡県立東筑高等学校が96年夏・福岡大会決勝の舞台で逆転サヨナラ勝ちという劇的な勝利により甲子園行きのキップを手にした。
そして、その勢いのままで臨んだ第78回全国高校野球選手権大会(甲子園)では、初戦も見事に突破。 そんな輝かしい快挙の裏に、もう一つのドラマ、いや歴史が動いた瞬間があった。

甲子園大会78回目にして史上初、女子マネージャーが公式記録員として甲子園のベンチに入ったのだ。

草野球オンライン女子部では、そんな歴史をつくった元・女子マネージャーの林田さん(旧姓・三井さん)から当時の思い出話や、その後について聞いてみたくなった。

今年も熱い夏の大会が終わりました。
14年経った今、夏の甲子園大会はどういう気持で観てますか?

今でもマネジャーと、一高校野球ファン半々の気持ちで見ている気がします。
14年前に自分があの場に立っていたことが信じられないような、でも懐かしいような、複雑な気持ちですね。

林田さんにとってズバリ甲子園とは?

思い出の地であり、今でも憧れの地ですね。
また、甲子園だけでなく、高校野球に関わったことが自分の人生において最も重要な出来事の一つだと心から感じています。

そんな思い出の地である甲子園の土はもちろん持ち帰りましたか?

林田さんが大切に保管
している『甲子園の土』

土を取りにグランドに入ることはできなかったため(制服を来てスパイクも履いていないため)、部員に分けてもらいました。
今は実家の戸棚の奥に大切にしまってあります。

そもそも、林田さんが野球を好きになったきっかけを教えて頂けますか。

母がきっかけですね。
父は男性の割にはあまり野球には興味が無かった方で。
逆に母がもともと高校野球・プロ野球を見るのが好きで、その影響から母に野球のルールとか色々教えてもらいましたね。
実は今でもソフトバンクホークスのテレビ中継があるときはほぼ全試合観ています。
ラジオを聞く時もあります。
ソフトバンクホークスは地元ですからね。
去年は10回程度球場にも観に行きましたし、また、メジャーリーグも時折観ています。
本当に野球が好きなんです(笑)

野球のどこの部分が林田さんを魅了していったんでしょうか?

野球は素直に好きですが、特に「野球の音」が好きですね。
ボールがグラブに入る音とかバットにボールが当たる音とかが好きですね!
スポーツ全般に言える事ですが、テレビで観戦するのと球場で観るのは別物だと思います。
テレビにもテレビの良さがありますが、やはり球場の空気を肌で感じる事で、受ける感動や衝撃はとても大きな物になると私は感じています。
ただし、炎天下で観る体力、気力は今となってはありませんが…(笑)

では、マネージャーをやろうと思ったきっかけは何ですか?

野球が好きだったので、高校に入った段階で迷わずやろうと思っていました。
中学校の時には野球部はありましたが、私の通っていた学校自体に女子マネージャーとかのシステムが無かったので、出来ませんでしたから。
素直にうれしかったです。

マネージャーを通して印象に残っている嬉しかったことを教えてください。

一番印象に残っている事は、やっぱり三年生の時に県大会で勝ち上がっていって、決勝で逆転サヨナラ勝ちして甲子園に行けた事が一番印象に残っていますね。

マネージャーで何か失敗してしまったこと、後悔したことはありますか?

甲子園に行った時に当時私は史上初めて女子マネージャーが公式記録員として甲子園のベンチに入った事で、結構取材を受けたりして、注目して頂いたみたいなんですが、そんなに自分ばかりが目立つ事が嫌だったので、もう少し選手の方を取り上げて欲しいなという思いで。
記者の方達に凄い感じの悪い対応をしてしまいましたね。「もうこれで最後にして下さい(笑)」みたいな。
まあ、失敗という部分よりは、今振り返ってみて、自分がすべきことは何かということを常に考えながら、毎日自分なりに全力で過ごしていた記憶がありますので、後悔はまったくありません。

マネージャーで心がけていたことは何ですか?

部活動の環境作りとかですね。
部室掃除したりですとか、お茶を作ったり、ノックのボール出し・試合の時はスコアラーですね。
決まった仕事ではあったのですが、キチンと確実にこなして選手が練習しやすいように環境作りを心掛けていました。
マネージャーが私一人の時期とかもあったので、人数が少ない時は結構大変でしたね。
二年生の時は割と一人の時期が多かったと思います。
三年生の途中から後輩が一年生と二年生に入ってきたので、三人で仕事を手分けしてこなしていました。

マネージャーをやってその後に活きた事はありますか?

お客様がきて接客する事だとか、部活を通して大事な仲間に出会えたというのもあります。
また、高校卒業後に理学療法士専門の大学へ進学し資格を取得し、数ヶ月前までは病院やクリニックでリハビリを中心に理学療法士として仕事をしていたのですが、そのきっかけを作ったのも、野球部のマネージャーとして関わっていたからだと思います。

高校卒業後はマネージャーはしなかったのですか?

実は大学の時に軟式野球部のマネージャーをやっていました。
高校野球とは違って遊びのようなものでしたが、野球に関わることができてうれしかったです。ちなみに、現在、夫が草野球をやっていますが、あまりにも早朝に出発するため、一度も観に行ったことはありません(笑)

最後に現在マネージャーをされている方達に何かメッセージを頂けますか?

あまり偉そうな事は言いたくないのですが、野球が好きで野球をプレーする人達の事が好きだから一生懸命出来ると思うので、いつでも楽しみながら、皆の事を見守れたらいいのにと思いますね!
野球と野球をする人たちを大好きになって大切に思うことができれば、おのずと良い仕事ができると思います。
女子マネージャーは、ある役割を持った部員やチームの一員だと思います。

名前
林田(旧姓・三井) 由佳子(はやしだ ゆかこ)さん
生年月日
1978年
職業
主婦/理学療法士
出身地
福岡
血液型
A型
星座
おうし座
趣味・特技
スポーツ観戦・ピアノ(3歳~中学校まで)
野球とのきっかけ
母親
好きな言葉
適当「色々な意味があると思いますので(笑)」
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